'88 lifeworks

ギリギリ昭和生まれサラリーマンの日記

「敬語やめませんか?」は友人関係を築くための通過儀礼

★シェアして頂けると励みになります★

このエントリーをはてなブックマークに追加


こういうエントリーがあったので感想を。

知り合って間もない方から「親しくなりたいのでお互い敬語を使うのはやめませんか?」という提案を受ける時は確かにある。その時自分は、「あ、この人は自分と仲良くしたいと思っているんだ」と思って「いいですよ」と答える。が、次に吐く言葉から急にタメ口になるのは些か違和感を感じなくもない。二言三言話せばその感覚もすぐに薄れるわけだが。

 

このエントリーを書かれた方は「急な間の詰め方が嫌」とおっしゃっている通り、その違和感というか何とも言えないあの微妙な空気感を好む人はあまりいないだろう。ただ自分は「知り合い」から「友達」へシフトするための大事な儀式でもあると思う。たまたまシフトチェンジに必要な通過儀礼が「敬語やめませんか?」という表現であったかもしれないが、「友達になりたい」という意を伝えるのは必要なことだ。このことは年齢を取れば取るほど必要になってくる。

子どものころは同じ場所同じ時間にいれば気がつけば友達というシチュエーションはありがちだが、歳を取ると「友達になるメリットがあるかどうか?」という打算的なところから関係がスタートすることが多くなると感じている。だからこそ、「私はあなたと友達になりたい」と表現することはすごく重要だ。

大学に入りたての頃、知り合いが全くいなくて寂しい思いをした時がある。そんな時入ったサークルのメーリングリスト(たぶん今はライングループになっているんだろうな)で、「気軽に○○(小学生のころからのあだ名)って呼んでください!」とメールを投げたことがある。その後仲良くなったメンバーたちに聞いた話だが、メールが届いたときは「あ、変な奴入ってきたー」とか「うわ、恥ずかしい奴~」と思っていたらしい。でも、結果としてそれがきっかけとなって親しくなるチャンスが生まれた。

「知り合い」から「友達」になるための障壁を乗り越えるためには多少のパワーがいる。そのパワーは互いで消費しなきゃいけないのだ。「敬語やめませんか?」という提案があったとしたら、おそらく友達になるための障壁を乗り越える半分のパワーを相手が出してくれている。あとはそれに応えてこちらがもう半分のパワーを出すかどうか、だ。そう考えると「えいや」と力を奮うのにためらいはなくなりそうだ。