'88 lifeworks

ギリギリ昭和生まれサラリーマンの日記

平日、土日で成り立っている僕の狂気な日常

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最近思うことをつらつら書いてみる。

仮に、「あなたの1週間を教えてください」と質問されたとする。そこで僕はまず土日の欄を埋めて、月曜日にしていることを書いた後、ひどく悩んでしまうだろう。

火曜日から金曜日は、月曜日のコピペでOKじゃないか

とはいえ、個人の1週間を問うような質問はあまりされたことがないなとも思う。むしろ、「あなたの1日を教えてください」という質問が主だ。

よし、ならば1日を書こう。

「あなたの1日:仕事」

っと。

あれ、なんか違う。これじゃ365日死ぬほど働いてるみたいじゃないか。違う、違うよ、僕の日常はもっと、こういろんな色で輝いているんだよ!!

本当にそうか?

いや、僕の1週間を表すとしたら、平日、土日の2種で十分だ。1週間何をしているかなんてなんと的外れな質問なんだろうか。

自分の日常は平日、土日という住み分けで十分収まってしまうわけだが、そもそも平日は仕事、土日は休みというカテゴライズはなんなんだろうか。平日5日間は死ぬ物狂いで仕事して、あとの2日はまぁ休みなよって誰が決めたんだ?

よく、

平日は働く義務があり、休日は休む権利がある。

というが、土日に至っても休むという行為は手に入れた権利ではなくて、課せられた義務なんじゃないか?過酷な5日間の労働に耐えるために課せられた束の間の休息だ。

だったとしたらこうだ。

平日は働く義務があり、休日は休む義務がある。

なんと生きづらいことか。

生きづらい、辛いと思っても、この義務から逃れることができない。義務の放棄は、「社会不適合者」の烙印を押されるのだ。

ならば、僕はこうしたい。

毎日は働く権利があり、休む権利がある。

いつ働くか、いつ休むか、は誰かに課せられる義務じゃない。自分で手に入れる権利なんだ。

僕の日常は7色に輝いている毎日にするべきだ。