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'88 lifeworks

ギリギリ昭和生まれサラリーマンの日記

即席めんのソース焼きそばといったらU.F.O.なんだが

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ペヤングに異物が混入していたとして世間は大騒ぎとなり、今や即席めん売り場からペヤングが一掃されてしまった。それに伴って「ペヤングが食べれないのが寂しい」「俺の青春はペヤングと共にあった」というペヤング喪失を嘆き復活を願う人々が多く現れた。ペヤングという食べ物はただ単純に嗜好を刺激するだけでなく、思い出や魂の在りかがあるソウルフードとしての役割が強かったようだ。

世間が嘆き悲しんでいる中、僕は置いてけぼりを食らっている。なんせ僕は生まれてこの方ペヤングを食べたことがないのである。「日本人じゃない!」「人生の9割を損している!」と罵詈雑言を受けそうだが、仕方がない。というのも、知っている人は多いと思うが、ペヤングの販売地域は主に東日本に限定されていたからだ。現在は西日本でも販売されるようになっているらしいが、それは最近のことで割とナウい食べ物であって、懐かしい食べ物ではない。

ペヤングがない青春なんて寂しすぎる」と思われるかもしれないが、ちゃんとペヤングのそれに代替する食べ物があった。

U.F.O.である。

ペヤングと違ってU.F.O.は全国で販売されているため多くの人が食べたことがあるだろう。だが、ペヤングがなかった西日本、少なくとも僕が住んでいた地域の若者にとってU.F.O.をいうのは少し特別な存在だったのだ。それはおそらくペヤングを懐かしい味といっているのと同じで、僕にはソウルフードとしてのU.F.O.がある。

ペヤング騒動に便乗して、U.F.O.を懐かしむ思い出話でもしようと思う。U.F.O.は今もコンビニに行けば気軽に買えるアイテムではあるが、あの頃に食べたU.F.O.の味は今もなお特別なものである。

振り返れば僕とU.F.O.の出会いは小学生高学年の夏の日に遡る。

うちの家は即席めんは体に悪いという理由で常備品として置かれていることはなかった。当然食卓に出ることもなく、食べる機会があるとするなら、買い物に行った際に親にねだったときくらいだった。そのため即席めんを食べる習慣に馴染みがなかった。

小学生高学年の頃は育ち盛りでいつも腹をすかせていた覚えがある。どんな内容だったか思い出せないが、何気なく見ていたテレビでU.F.O.のCMが流れた。それがとてつもなくうまそうに見えて、「うぉぉ・・・くいてー」と唸った。周囲に店が一切ないド田舎に住んでいたため、その日は大人しく我慢して次の日に親にねだった。

初めてU.F.O.を調理したときは「お湯捨てるのがもったいない」と思った。それまで即席めんはラーメンしか食べたことがなかったからだ。なおかつ当時の湯切りという工程は難度を極めた。今や商品改良が進み、便利な湯切り穴があるが当時はそれがなく、油断して雑に扱ってしまえば麺をシンクにぶちまけることになった。不器用な人の典型例として「湯切りで麺をぶちまける人」というたとえがあるわけだが、きっと今の子どもたちには伝わらないんだろうなと思うと、少し寂しい。

なんとか湯切りも終えてソースをかけると、衝撃が走った。それはもう、リビングにいた家族にも影響を与えた。「何、この臭い!?」と慌てた母が現れ、年端もいかない妹は「くさいー」と言いながら泣いていた。だが時すでに遅し、僕は麺を胃袋にかきこんでいた。あの日ほど、イケナイものを食べているという感覚を覚えた日はない。親父にすすめられてちびっと飲んだビールよりはるかにインパクトがあった。

U.F.O.という衝撃的な食べ物を反芻しながら、いや本当に反芻してるわけじゃないけど、僕は当時熱心に取り組んでいた少年野球の練習に向かった。「U.F.O.って焼きそば、めちゃくちゃうまいよ!」と言いふらしてやろうと思った。あの時、U.F.O.を食べるエチケットなんぞわかっておらず、食事後歯磨きをしていなかった僕の口は相当臭かっただろう。

練習が始まる前にU.F.O.について話すと、すでに食べたことある友人から「すごいおいしいよね!」と同意を受け、さらに食べたことがない友人は「今度食べよう!」と言われたことで、僕に小学校内のU.F.O.ムーブメントを予感させた。

すっかり気分が良くなった僕は練習にいつも以上に真剣に取り組んだ。ただ、この日は真夏でかなり気温が高かった。それにいつも以上にコーチたちも指導に熱が入っていた。何往復したか覚えていないくらい短距離ダッシュで走り込んだ後、本格的な練習に入る前にコーチたちから集合がかかった。

その時は近づいていた。

キャプテンの「集合ーッ!」の合図に「オーッ!」と応えるのがいつもなのだが、僕はというと、「おっ…、おぷっ」と声にならない声を発していた。今日の練習についてコーチが話している最中、僕の頭の中はU.F.O.のことでいっぱいだった。

「あれは子どもが食べていいものじゃない」

「何がいけなかったのか?どこで間違えたか?」

「この気持ちはなんだろう」

と様々な想いが錯綜する中、僕は思いの丈を撒き散らすかのように嘔吐した。吐き出した後、口の中は胃液の強烈な臭いとかすかなU.F.O.臭がしていた。本当にU.F.O.という食べ物を反芻しかけた。

その後ぐったりして動けない僕をみてチームメイトたちは、U.F.O.恐ろしや!と思ったに違いない。それ以後、我がチーム内ではU.F.O.の話はしなくなった。おそらく僕を気遣ってくれたのだろう。僕もこのことから激しい運動の前に麺類を食べてはいけない、という教訓を得た。

今となっては笑い話になるのだが、これが僕とU.F.O.の強烈な出会いである。今もあのソース臭を嗅ぐと、真夏のあの日を思い出す。僕の青春の1ページはU.F.O.と少年野球と共にある。